自衛官の退職準備は何から始めるか|約20年勤めて中途退職した記録
自衛官の退職準備で最初にやるべきは、辞め方を調べることではありませんでした。約20年勤めて中途退職した経験と、自衛隊法の条文から、準備の順番と誤算を整理します。
私は自衛官として約20年勤め、定年ではなく中途退職しました。
辞めると決めてから実際に退職するまで、1年かかりました。その1年で何をやり、何を間違えたかを書きます。
先に結論を書きます。退職準備で最初にやるべきなのは、辞め方を調べることではありませんでした。
準備は直線では進まない
私の場合、実際の流れはこうでした。
| 時点 | 何があったか |
|---|---|
| 約2年前 | このまま自衛隊を続けていいのかを家族と相談した |
| 約1年前 | 辞めることを選択肢として持った |
| 8ヶ月前 | 人に相談し始めた |
| 4ヶ月前 | 気持ちがかなり揺らいだ |
| 2ヶ月前 | 決心した |
順番に注目してください。家族との相談が、いちばん先にあります。
しかもこの時点では「辞める」という話ではありません。このまま続けていいのかという問いを、家族と共有しただけです。辞めることを選択肢として持ったのは、その1年後でした。
そしてもうひとつ、4ヶ月前です。
辞めることを選択肢に入れて8ヶ月が経ち、人にも相談したあとで、気持ちは大きく揺らぎました。決心がついたのは、退職のわずか2ヶ月前です。
これから辞めようとしている人に伝えたいのは、揺らぐのは失敗ではないということです。
準備の途中で迷いが強くなるのは、情報が増えて現実が見えてくるからです。むしろ、一度も揺らがずに辞めた人のほうが、私は心配になります。
家族への相談は、いちばん早い
私が家族に話したのは、辞めることを選択肢として持つよりさらに1年前でした。
そのときの話は「辞めたい」ではありません。「このまま自衛隊を続けていいのか」でした。
この違いは大きいと思っています。「辞めたい」は結論を持ち込む相談で、相手は賛成か反対かを迫られます。「続けていいのか」は問いを持ち込む相談で、一緒に考えることができます。
結果として、辞めるという選択肢が出てきたときには、家族はすでに1年その問いを共有していました。
家族の理解を得ることは、必要不可欠です。
退職は収入・住居・勤務地のすべてが同時に変わる出来事です。自衛官の場合、官舎に住んでいれば住まいも変わります。これを直前に伝えても、家族は判断する材料も時間も持てません。
最初にやったのは「自分が民間で何ができるか」
準備として最初に手をつけたのは、自分が民間で何ができるかを考えることでした。
方向としては間違っていなかったと思います。ただ、やり方が甘かった。
最大の誤算:培った能力は、そのままでは役に立たない
いちばん想定外だったことを書きます。
自衛隊で培った能力は、自衛隊を辞めた後、そのままではほぼ役に立ちませんでした。
これは能力が低いという話ではありません。そのままでは、という部分が重要です。
自衛隊での能力は、自衛隊という組織の文脈とセットになっています。階級構造があり、共通の用語があり、前提となる訓練を全員が受けている。その中で成立していた「できること」は、前提が消えた瞬間に、相手に伝わらなくなります。
転職メディアの多くは「自衛隊経験は強みになる」と書きます。責任感、規律性、体力、チームワーク。間違ってはいません。
ただ、それをそのまま持っていっても、民間では評価に変換されません。変換する作業が別途必要で、私はその作業量を見誤りました。
だから「能力の棚卸し」を最初にやるべきだった
もっと早くやればよかったと思うのは、自分の能力の棚卸しです。
「自分が民間で何ができるか」を考えることと、「自分が何を持っているか」を棚卸しすることは、似ているようで違います。
前者は行き先を考えることで、後者は手持ちを数えることです。手持ちを数える前に行き先を考えたので、話が具体的になりませんでした。
棚卸しとは、たとえばこういう作業です。
- 担当した業務を、自衛隊用語を使わずに書き直す
- その業務で「自分が判断したこと」と「指示に従ったこと」を分ける
- 規模を数字で書く(何人、何ヶ月、どれだけの予算・装備)
- 部外の人が読んで意味が通るか、実際に読んでもらう
地味な作業ですが、これをやらないと職務経歴書が書けません。そして職務経歴書が書けないと、面接でも同じことが起きます。
中途退職では、就職援護は使えなかった
ここが、私がいちばん伝えたい実務情報です。
私は中途退職だったため、防衛省の就職援護を使えませんでした。
「自衛官には就職援護がある」と書いている記事は多くあります。しかし、それは誰にでも使えるものではありません。
自衛隊法第65条の10第1項は、こう定めています。
防衛大臣は、若年定年等隊員の離職に際しての離職後の就職の援助を行う。
そして「若年定年等隊員」の定義は、同法第65条の2第2項第1号にあります。要点だけ抜くと、次の区分です。
- イ 定年が65歳に満たないとされている自衛官(将・将補の一部を除く)
- ロ 第36条により任用期間を定めて任用された自衛官(=任期制の士)
- ハ 第45条の2により採用された自衛官で、任期の末日の年齢が65歳に達していないもの
つまり法律が就職の援助の対象として名指ししているのは、定年と任期という出口を前提とした区分です。
なお、条文は隊員の身分区分で対象を書いており、「退職事由」では書いていません。ですから「条文上、中途退職者は明確に除外されている」とまで言い切ることは、私にはできません。
防衛省自身の説明も、対象を限定しています
防衛省の「退職自衛官に対する再就職支援」のページは、冒頭でこう説明しています。
自衛隊は精強性を保つため、多くの自衛官は、50代半ば以降(若年定年制自衛官)または20代~30代半ば(任期制自衛官)で退職することになります。 退職後の再就職の支援は、雇用主たる国(防衛省)の責務であり…
つまり制度の前提が、若年定年と任期満了という2つの出口に置かれています。中途退職についての記載はありません。
同じページには、対象者数も公表されています。
| 項目 | 数 |
|---|---|
| 自衛官の現員数(令和7年3月31日時点) | 220,252人 |
| 若年定年又は任期満了による退職者数(令和6年度) | 約5,500人 |
| うち若年定年退職者 | 約3,400人 |
| うち任期満了退職者 | 約2,100人 |
再就職の決定状況についても、「防衛省による再就職支援を受けた退職自衛官の再就職状況を計上」と注記されています。支援を受けられなかった人は、この数字に入っていません。
対象になると、具体的に何が受けられるのか
同ページには、再就職支援として行っている主な職業訓練が公表されています。抜粋します。
| 区分 | 訓練科目(受講者の多い順) |
|---|---|
| 自動車運転 | 大型自動車、普通自動車、大型特殊自動車、準中型自動車、けん引自動車 |
| 施設機械等運転 | フォークリフト・ショベルローダー、車両系建設機械、ボイラー技士、クレーン運転士 |
| 電気通信技術 | 電気工事士、電気主任技術者、電気通信設備工事担任者 |
| 危険物等取扱 | 危険物取扱者、第3種冷凍機械責任者、高圧ガス製造保安責任者 |
| 労務等実務 | ドローン操縦士、海技士、運行管理者、社会保険労務士、警備員検定、キャリアコンサルタント |
| 情報処理技術 | マイクロソフトオフィススペシャリスト、ITパスポート、基本・応用情報技術者 |
| 社会福祉関連 | 介護職員初任者研修、介護事務、介護福祉士 |
| 法務等実務 | 宅地建物取引士、行政書士、秘書検定 |
このほか、業務管理教育や、任期制自衛官向けの合同企業説明会も実施されています。
これらを自費で揃えると、金額も時間も相当なものになります。対象かどうかで、準備の負担がまったく変わるということです。
結論
私が書けるのは事実だけです。私は中途退職で、援護の対象になりませんでした。
辞めることを検討している方は、自分が援護の対象になるかどうかを、いちばん早い段階で確認してください。これは準備の前提が変わるほど大きな違いです。
対象であれば、上の職業訓練を在職中から計画に組み込めます。対象でなければ、訓練も紹介も自分で用意するという前提で、時間の使い方を設計する必要があります。
お金:退職金だけでは組み立てられなかった
生活の資金は、退職金と、民間企業との業務委託契約の2つで組み立てました。
退職金だけで次が決まるまで待つ、という形にはしませんでした。援護が使えない以上、退職日の翌日から自分で収入をつくる必要があったからです。
業務委託という形にしたのは、正社員の内定を待つより先に、収入の入口を確保しておきたかったためです。
在職中の求職活動には自衛隊法上の規制があります(第65条の3・在職中の求職の規制)。何を、いつから進められるかは自分の区分によって変わるので、ここは条文を確認してから動いてください。
在職中に身につけておいてよかったもの
AIの活用と、プログラミング開発の経験です。
これは自衛隊の業務そのものから得たものではなく、在職中に自分で手を動かして身につけたものでした。
先ほど「自衛隊で培った能力はそのままでは役に立たない」と書きました。裏返すと、役に立ったのは、自衛隊の外でも通用する形で身につけたものでした。
在職中に何かを身につけるなら、判断基準はここだと思います。それは自衛隊の外に持ち出せる形か。資格の名前より、この基準のほうが効きます。
なお、在職中の兼業・副業は自衛隊法第62条により、防衛省令で定める基準に従った防衛大臣またはその委任を受けた者の承認が必要です。学習と兼業は別の話なので、混同しないでください。
相談相手は「辞めた先輩」に限る
相談については、はっきりした差がありました。
辞めた先輩からは、退職後のリアルな話が聞けました。
現役の先輩からは、賛否の両方が出てきて、結局何が答えなのか分かりませんでした。
これは現役の先輩が悪いという話ではありません。まだ辞めていない人は、辞めた後を知らないというだけのことです。賛成する人も反対する人も、想像で話すしかない。
相談する相手を選ぶときは、その人が実際にその経験をしたかどうかで分けてください。私の8ヶ月の相談期間のうち、実際に役に立ったのは、辞めた人から聞いた話でした。
辞めてもいい人と、辞めないほうがいい人がいる
最後に、今の私が思っていることを書きます。
退職してもいい人と、退職しないほうがいい人に分かれます。
これは能力の話ではありません。私が現役の先輩から賛否の両方を聞いて混乱したのは、答えが人によって違うのに、一つの答えを探していたからでした。
「自衛官は辞めるべきではない」も、「もっと早く辞めるべきだ」も、どちらも一般論としては成立しません。分かれ目は、その人が何を持っていて、何を組み立てられるかにあります。
だから準備の順番は、こうなります。
- 手持ちを数える(能力の棚卸し)
- 持ち出せる形に変換する
- その結果を見て、辞めるかどうかを決める
私は逆をやりました。辞めることを先に考えて、手持ちを数えるのを後回しにした。だから4ヶ月前に揺らいだのだと思っています。
まとめ
- 準備には1年かかり、4ヶ月前に大きく揺らいだ。揺らぐのは失敗ではない
- 家族への相談はいちばん早く。しかも「辞めたい」ではなく「続けていいのか」から入る
- 自衛隊で培った能力は、そのままではほぼ役に立たない。変換作業が別途必要
- 最初にやるべきは行き先探しではなく、能力の棚卸し
- 中途退職では就職援護が使えなかった。防衛省の説明も対象を若年定年と任期満了に限っている(令和6年度 約5,500人)。自分が対象かを早期に確認する
- 相談は辞めた人に。現役の人は辞めた後を知らない
- 辞めてもいい人と、辞めないほうがいい人がいる。手持ちを数えてから決める
退職の制度そのもの(自衛隊法40条の「承認しないことができる」、任期制と定年制の違い、在職中の副業)については、自衛官の退職を条文で読むで整理しています。
この記事は運営者本人(元自衛官・在職約20年・中途退職)の経験にもとづいて書いています。制度に関する記述は自衛隊法の条文を確認したうえで書いていますが、個別の取り扱いは所属や時期によって異なります。手続きにあたっては、必ず所属の担当部署および最新の法令をご確認ください。
出典
本文中の引用は、次の一次資料から行っています(いずれも 2026-08-23 閲覧)。
- 自衛隊法(昭和29年法律第165号) https://laws.e-gov.go.jp/law/329AC0000000165
- 防衛省「退職自衛官に対する再就職支援」 https://www.mod.go.jp/j/profile/reemploy/support.html
法令の条文は e-Gov 法令検索(デジタル庁)で確認しています。